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【開催報告】令和2年 春季永代経法要 (表白)

 令和2年(2020年)3月25日、26日の両日、西正寺にて春季永代経法要を行いました。 両日、30名ほどの門信徒のみなさんにお参りいただき、無事にお勤めすることができました。

 ご存じのように、昨今のコロナウィルスの影響の中ですが、可能な限りの対応をしてお勤めをいたしました。(規模縮小、入堂時の消毒剤による手指消毒、マスクの着用、扉などを開けての換気 等) 

 お天気は大変よく、「ひさしぶりにお寺にお参りができてありがたかったです」というお言葉もいただき、うれしく思いました。

 このたびの法要で、以下の「表白」を読ませていただきました。
(法要のお勤めの中で、ご本尊に申し上げるお言葉です)

 今回、コロナウィルスの流行で、日常の当たり前が当たり前でなく、また、病や死、思い通りにならない様々なことがあらわになりました。仏教徒にとっては、すでに聞かせていただいていた、「諸行無常」や「病苦」「死苦」の姿が、目に見える形で現れてきたような思いがするような状況ではないかとおもいます。
 そのような中にあっても、このようの大切な法要をお勤めできたことは、大変ありがたいことです。法要にあたっては、さまざまな難しさがあるこの人生のなかで、すで浄土に往生された先人をしのびつつ、自らの進む道、歩む道を問いたずね、教えを聞かせていただくというこの機縁を大切にしたいという思いを述べさせていただきました。

 無事に2日間の法要をお勤めさせていていただくことができましたこと、ご協力・ご尽力いただいたみなさまに御礼申し上げます。

永代経法要を実施すること(中止しないこと)について 住職所感

 こんにちは。西正寺住職です。
 コロナウィルスで大変な状況ですが、自坊西正寺の永代経法要(3月25日・26日)は、コロナウィルス対応・対策を取りつつ、規模を縮小しながらお勤めさせていただく予定です。

 法要の案内・詳細については、以下のリンクの記事に投稿しておりますので、ご覧ください。

 この投稿では、なぜ現在において(中止ではなく)上記の対応に至ったのかという思いをすこし書きたいと思いました。

【とるべき対応の候補と選択について】
 実際に2月末からの急展開で状況が追い付かなかったところが多々あります。全国の小中学校の休校や、諸行事の自粛の様子が報道を通してうかがわれ、どのように対応すべきか正直迷いが生じていました。また、全国のお寺にとっては、3月にはお彼岸を迎える時期ですが、お彼岸の法要や、永代経といった法要の動向も「中止する」という判断をされたことを多数うかがっていました。この判断は、苦渋の決断・断腸の思いであろうとお察ししますし、感染対策として最善の判断をされたということだと思います。

 自坊の状況を考えたとき、お寺にお参りに来られる方は、いわゆる高齢者が大変多くいらっしゃいます。今回の新型コロナウィルス、肺炎の高リスク層です。この状況でなんらかの対応をとらないという選択はまずありえませんでした。

 では、どうするか。可能性として考えられる候補をリストアップすると、以下の案があると考えました。(選択しないものも含めてリストアップしています)

1、平常通りに実施する。

2、感染対策(消毒・マスク等)を行いつつ実施する。

3、規模を縮小し、感染対策を行いつつて実施する。

4、参拝者なしで、お勤めのみを実施する。

5、中止する。一切何もしない。

もしかすると、この他にもあるかもしれませんが、

素人判断で、思いついたのはこのレベルでした。

上記のように、現状において1はもう無理だと思われました。学校や3月中の行事が自粛・中止をしているなかで、なにも対応を取らずに実施するというのはあり得ません。2の対応をとったとしても、本堂という空間に数十人の人がいるのは、感染対策として今回の場合は十分な対応ではないと思われました。また「都合をつけてご参拝ください」と呼びかけられるレベルでもありません。そうすると3以下になります。

 3月の下旬には状況がもしかしたら少し改善している可能性があります。感染が減ることはありませんが、平常の活動に戻ろうという機運がでてくる時期かもしれません。とするならば、現状では、3の判断が可能だろうと判断したわけです。数十人規模ですので、今後の変更・案内も不可能なレベルではありません。そういった規模感もこの選択の背景にはあります。

 もちろん状況次第で、4(無参拝者)に進む可能性は念頭にあります。その場合は、再度ご案内をして回ることが必要だと思っています。

 一方で、私(住職)がコロナウィルスに感染したという状況にもならない限りは、今回の場合5(中止)という選択肢は取らなくてもよいだろうという思いもしています。それは、最小規模が寺族のみという、生活以上にリスクが上がる状況ではないということもあります。

【どうして中止しないのか】
 どうして、高リスク層の高齢者の行事にも関わらず「中止」と判断しないのか。もちろん、実際に法要の中止を判断されたお寺がたくさんあることを伺っています。しかし、西正寺は、お招きした御講師に今回は見合わせいただくこと、参拝者はそれぞれの判断(お参りしないということも含めて)をしていただくという形でご案内をしました。

 その判断の根底には、これまで継続して行われてきた法要を(形を変えても可能な限り)継続してお勤めし続けることに意味があると考えているということがあります。
 
 春(3月)・秋(9月)の永代経、そして11月の報恩講は、西正寺でもっとも大切にお勤めしている法要です。御門徒のみなさんと一緒に法要をお勤めしてきました。 
 浄土真宗の法要の柱は、「勤行(儀礼)」と「法話(お聴聞)」です。参拝のみなさんと一緒にお勤めをしてこそ法要である、という考えももちろんあるとおもいます。参拝のみなさんに御法話を聞いていただく(お聴聞していただく)ことこそがもっとも大切だという考えもあるとおもいます。だからこそ、普段の法要においては、参拝のご案内・呼びかけをし、できるだけたくさんの方にお参りいただくように努めるということをしています。

 一方で、次のようにも思います。「無参拝者で法要を実施したら、無意味なことだろうか?」と。それに対する答えは「否」でした。参拝者がいなかったとしても、お寺で法要が行われている、継続されたということは、(今回のケースでも)人それぞれにいろいろな意味をもって受け取られるだろう(これまでにも、受け取ってくださっている人がいただろう)と思っています。
  
 実際に、普段の永代経でも、「参拝できないのですが」と懇志を持ってきてくださる方がいらっしゃいます。お参りできなくても、「お寺でお参りされている」ということに、感謝のお言葉をいただくこともあります。お参りがなくても、「法要がお寺で行われている」ということ、そしてそれが、ずっと絶やさずに継続されている法要である、という意味は自分の中で決して小さくありませんでした。私自身がそれを感じているからこそ、このような判断になったのかもしれません。(もしかしたら、やむを得ず中止の決断をするケースもあるかもしれませんが、それが今回ではなかったという話です)


 もちろん、浄土真宗の法要の一番のかなめは、仏縁に遇うこと、お聴聞の場としてあることです。実際にお参りをいただいて、仏前に座っていただく、「南無阿弥陀仏」とお念仏を称えていただく、浄土真宗の教えを直接に聞いていただくこと、それがもっとも大事なことで、法要をする最大の意味だとおもいます。
 しかし、そこに至るまでに、あるいは、その座っている瞬間においても、おそらくそれの場が、その法要が絶えず継続されることに努力がはらわれてきたという時間的なつながりをもっているということ、それを感じ、実際に実践されつづけているということに触れること。決してその意味は小さくないと思っています。 
 今回については、自身の身を守ること、感染を拡大しないということを最優先に行動いただけたらと思います。

 もちろん、浄土真宗の法要の一番のかなめは、仏縁に遇うこと、お聴聞の場としてあることです。実際にお参りをいただいて、仏前に座っていただく、「南無阿弥陀仏」とお念仏を称えていただく、浄土真宗の教えを直接に聞いていただくこと、それがもっとも大事なことで、法要をする最大の意味だとおもいます。

 しかし、そこに至るまでに、あるいは、その座っている瞬間においても、おそらくそれの場が、その法要が絶えず継続されることに努力がはらわれてきたという時間的なつながりをもっているということ、それを感じ、実際に実践されつづけているということに触れること。決してその意味は小さくないと思っています。


 
 今回については、自身の身を守ること、感染を拡大しないということを最優先に行動いただけたらと思います。

 永代経法要は、(少なくとも今回は)中止することなく、西正寺として責任をもって実施したいと思っています。

【行事案内】2020年3月25日~26日 春季永代経法要

令和二年 春季永代経法要についてのお知らせ

令和二年 春季永代経法要を下記の通り、勤修いたします。
尚、昨今の新型コロナウィルスへの対応として、下記の通り対応しつつ法要をお勤めいたします。ご理解の程何卒よろしくお願いいたします。

浄土真宗本願寺派 清光山 西正寺 令和二年 春季永代経法要

【日時】
 令和二年(二〇二〇年)
   三月二十五日(水)十四時より  総永代経法要
  三月二十六日(木)十三時三〇分より 総永代経法要・永代経開闢法要

【コロナウィルスへの対応のため、このたびは以下のようにお勤めさせていただきます】
  〇 法要について
  ・勤行については、恒例通り、住職、前住職が二日間・計二座の「永代経法要」に
おいて、浄土三部経をお勤めします。

  ・御法話:住職が勤行後に20分程度のご法話を致します。
   (今回は、御講師をお招きしてのご法話は行いません)

  ・終了時間 15時過ぎを予定しております。

〇 参拝について(感染対策について)
  ・参拝については、それぞれの状況、体調においてご判断をお願いいたします。
     今回については、規模を縮小して法要をお勤めさせていただく予定です。
     (不安・心配等がある場合は、どうぞ参拝をお見合わせくださいませ)

    ・参拝の場合は、マスク着用でご参拝ください。
     (マスクをお持ちでない方のために、お寺でも用意いたします。)

    ・一部の窓・扉を開けて、換気しつつ法要をお勤めいたします。お参りの場合は、
温かい服装でお越しください。
以上

2020年1月5日 初法座

2020年1月5日、恒例の初法座をお勤めしました。
毎年1月5日に、お正月から平常の日々に戻っていくにあたって、初法座としてお勤めをさせていただいています。

今年は、勤行にあたって、表白(ひょうびゃく)を申し上げました。
(※この投稿の末尾に掲載しています。)
特に、善導大師『往生礼讃』のお言葉をあらためてかみしめました。

  善導大師の往生礼讃に云く、
   人間怱々として衆務を営み、年命の日夜に去ることを覚えず。
   灯の風中にありて滅すること期しがたきがごとし。

  (意訳)人間はあくせくとしてさまざまな営みを行っているが、
      日々に限られた命が費やされていることを知らないでいる。
      それはあたかも、風の中に置かれた灯がいつ消えるとも
      わからないようなものである。

日々、眼の前にあることに追われ、大切なことをついつい忘れたり、自分が限りある命を生きているということさえも見落としている私たちのありかたを改めて知らされる言葉であるように思います。

 法座の準備、そしてお勤めをしているなかに思い至ったこと。
 それは、私が「法要をしている」とか「仏語を語っている」のではなく、法座があること、お参りに来てくださる人がいるからこそ、怠惰な私が動くことができている、身を正す機会をいただいているというような思いでした。
 私が動いているのではなく、法座・行事、お参りのみなさんによって動かされている。

 この一年、行事や場を丁寧にお勤めできるよう、また努めたいとおもいます。



表白

敬って、大慈大悲の阿弥陀如来の尊前に申して曰さく、

令和二年、二〇二〇年、新たな年が始まりました。
心機一転、あらたな試みをなすものあり、
生涯をかけた営みを続けるものあり、
懸命に日々に努めるものあり。
人それぞれ、さまざまな日常を積み重ねていくことでしょう。

しかしながら、
善導大師の往生礼讃に云く、
 人間怱々として衆務を営み、年命の日夜に去ることを覚えず。
 灯の風中にありて滅すること期しがたきがごとし。
と。

われら、日々の営みのなかに、命の限りあることを忘る。
上尽一形の念仏相続、法義聴聞すべきゆえんなり。

本日、ここに仏前を荘厳し、参詣の門信徒とともに、
令和二年・西正寺初法座を勤修したてまつる。

願わくは、有縁の人々、この法会を機縁として、
心を弘誓の仏地に樹て、
念(おもい)を難思の法海に流し、
念仏相続うるわしく、法悦の中に日々を送られんことを

西正寺住職 釈了悟 
敬って白す

2020年(令和2年)1月1日 修正会

あけましておめでとうございます。

元旦の朝は、例年通り修正会のお勤めからはじまりました。
早朝からお参りをいただきました。

住職がかわって初めての修正会。前住職の頃より次第を少しあらためて、本年は以下のようにお勤めをいたしました。

・喚鐘
・勤行
 三奉請
 表白
 正信念仏偈
 拝読浄土真宗のみ教え「お正月」
・住職法話

このたび読ませていただいた表白は以下の文章でした
※ 文語・口語を織り交ぜた変則的なものになっております。

令和二年 修正会
表白

敬って、大慈大悲の阿弥陀如来の尊前に申して曰さく、
本日、ここに新年の朝を迎えるにあたり、うやうやしく仏前を荘厳し、
門信徒よりの懇念・供養を供え、当山・西正寺 修正会を勤修したてまつる。

夫れ、惟みれば、
時代は平成から令和へとうつろい、大きな変化のなかにあります。
価値観、常識がうつろうただ中にあるといえども、
如来よりたまわりたる念仏の中に、
時代を超えた仏法の真理、
如来の智慧の光に照らされる道の歩みをいただいております。
末法五濁の世の中で、遇いがたい教えに出遇えたよろこびがあります。

宗祖・親鸞聖人の『教行信証』に曰く、
慶ばしいかな、西蕃・月支の聖典、東夏・日域の師釈に、
遇ひがたくしていま遇ふことを得たり、
聞きがたくしてすでに聞くことを得たり。
と。

新しき年の始まりの朝、参詣の方々とともに、
この遇いがたき法に出遇えたよろこびを感じつつ、
謹んで聖典を読誦し、広大の仏恩を謝しまつらん。

願わくは、参詣・有縁の人々、この法要を機縁として、
新しきこの一年も、如来慈光照護のもと、
うるわしき念仏相続の日々をおくられんことを。

西正寺住職 釈了悟 
敬って白す

お勤め後に記念写真を。

2019年12月31日 除夜会法話

2019年12月31日 23:45から除夜会のお勤めをおこないました。
21時頃から、若い人たちがあつまってくれていたこともあって、大変にぎやかな除夜会のお勤めになりました。

 平成から令和にかわったこと、また西正寺の住職がかわったこともあり、時代のうつろいのなかで、価値や常識がうつろい、そのなかで悩みや憂い、あるいはすれ違いや溝がおおきくなることもあるのではないかと思いました。そのようなことに触れつつ、短いお話をしました。

 除夜会のお話したことを以下に(すこし簡略ですが)記載いたします。

 2020年もどうぞよろしくおねがいいたします。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 2019年、令和元年の除夜会にようこそお参りくださいました。
一年の最後、大晦日の夜にこうやって西正寺の本堂、ご本尊の前でお勤めをして迎えられたことをありがたく思います。

 この一年、みなさんにとってもさまざまな出来事のなかで過ごされてきただろうと思います。ずっと穏やかに過ごされた方もいらっしゃるかもしれません。あるいは喜怒哀楽さまざまな思いを抱えながら過ごされて来た方もいらっしゃるかもしれません。
 
 今年を振り返ってみますと、西正寺でも住職の代替わりという一つの節目を迎えました。ちょうど時代も平成から令和へと変わった節目の年でもありました。
 この一年の終わりにそういう節目の年を経て、新しい時代にふさわしいことはなにか、あるいは、これから何をするべきか、そういった問いを否応なく考えることが多くなります。

 新しい時代といえば、いいように聞こえますが、言い方をかえると時代が変わっていくということは、これまでの常識や当たり前が変わっていく、通用しなくなってくる、そういう変化と節目のなかにいま私たちはいるともいえるかもしれません。
 それは同時に、「迷い」や「悩み」あるいは、人と人の間においてはすれ違いや、溝のようなものが生まれやすい時代ということでもあるのかもしれません。身の回りや、ニュースをみても、しばしばそのようなことを感じることがあります。

 そういう状況のなかでこそ、そういう時代だからこそ、ずっと真実とは何かを説き、人間のたよりなさ、不確かさと向き合ってきた仏教の教えに耳をかたむけること。
あるいは、いま皆さんと一緒にお参りをしたように、さまざまな感情を受け止め、向き合う場でもあった、お寺の本堂やおうちのお仏壇で、仏さまの前で靜かに手を合わせる時間をもつこと。 
 あるいはこのような一年の節目、季節ごとに行われてきた行事ごとを丁寧につとめながら、人との関わりや、自分の一生を越えるような時間の長さや積み重ね、とりまくものと向き合うこと。

 そのようなお寺で行われてきたことがらの意味を考え、あらためて大切にする時がきたのではいだろうかと思います。

 また新しい年を迎える時が参りました。のこりわずかな時間ですが、今年を振り返り、新しい年をまた一日一日大切に過ごして参りましょう。

本来なら除夜の鐘をといいたいのですが、25年前の阪神大震災で釣り鐘が壊れています。そのため、西正寺では、いつもより大きなキン(大キン)を出して、お参りに合わせてみなさんに叩いていただいています。優しく叩いて、その響きに耳を傾けて、この一年の出来事や、ご自身の心を振り返る時間をもっていただけたらとおもいます。

 今年一年ありがとうございました。また明年もどうぞよろしくおねがいいたします。

西正寺住職 中平了悟

(行事案内)2019年5月20日(月)_宗祖親鸞聖人降誕会法要

5月21日は、浄土真宗の宗祖・親鸞聖人のお生まれになった日と伝わっています。西正寺でも、その日を記念して、お祝いの法要をお勤めします。西正寺門信徒みなさまはじめ、浄土真宗の法話を(はじめて)聞いてみたいという方もどうぞご参拝くださいませ。

日程:2019年5月20日(月)14:00~16:00頃

内容:
・勤行 「正信念仏偈・和讃」(行譜)
・御法話 「苦しみが和らぐとき」
御講師:大塚茜 師

御講師紹介
大塚 茜(おおつか あかね)師
浄土真宗本願寺派僧侶、NPO法人和(なごみ)理事長
佐賀県の小さな寺の長女に生まれ、2001年浄土真宗本願寺派僧侶となる。保育士・精神保健福祉士。東日本大震災の復興支援をきっかけとしてNPO法人を立ち上げ、被災した子どもたちの支援の一環で小規模保育園を運営。
現在は、主に、避難者の生活相談を担当し、ソーシャルワーカーとして対人援助の仕事に携わっている。

 

参加費:不要
(ご懇志、お布施、おさい銭もありがたく受け付けておりますが、必須ではありません。どうぞお気軽にお参りください。)

会場:浄土真宗本願寺派清光山西正寺 本堂

尼崎市上坂部3丁目36-8 電話:06ー6491-2110